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戦争と日常をわけるもの --Fall of Giantsを読んで感じたこと
こんにちは、サイです。

今月は早めに記事を書くことができたと思っていたら、いつの間にか月末近くを迎えています。

少し前に出ていたケンフォレットの"Fall of Giants"という歴史小説を最近読みました。

舞台は、20世紀初頭、ヨーロッパ各国がさまざまな資源を求めて植民地を拡大する中で、ドイツ、イギリス、フランス、ロシア、アメリカといった各国の貴族上層部が
どのように第一次世界大戦を起こし、それによって、どのような結果を得たかというかなり壮大なストーリーです。

この中で描かれるのは戦争の中で、自然に発生する状態を詳しく描いています。

-戦争のきっかけとなったのは、オーストラリアの皇太子暗殺によってですが、それを材料に、理性的ではなく、感情的に各国が対応してしまう様子

-戦闘が各地で発生している中では、貴族は市民の日常生活から遊里したパーティ、生活をそのまま続ける様子

-戦闘場面では、権限を持つ上司が兵士に対して、個人的な感情で判断を下し、先頭集団の利益すら優先されず、さらに負けた結果についても、部下のせいにする様子

-市民の生活において、日常必需品すら手にすることができず、自分以外の周りの関係者に対して、疑心暗鬼で常に不安にさいなまれる様子

-各国を率いている統治者が、自分の権益を確保するために、警察権力を駆使し、市民を簡単に虐待/殺戮していく様子

などなどです。

こうした光景は戦争のときにだけ発生するものでしょうか。

実は、このことは人間が生きている限り、どの状態であっても発生することだということが、一歩引いてみてみると良く分かります。

例えば、自分が属する会社の上司は、権力を乱用し、不合理な決定をする、生活に行き詰った人々が近所の人たちを信じることができなくなるなど、平和時にも当然のように起こっている光景です。

ただ、戦争の時には、それがより強化され、鮮明に現われ、誰もがその感情を共有しやすくなるため、ストーリーをドラマチックにしやすくなっているというだけではないでしょうか。

そもそも戦争は特殊な条件で発生するものではなく、日常の延長で起こるという方が近いと思います。

曲はEugeです。

Euge Groove - The Gospel Truth

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政治経済 | 13:13:25 | コメント(0)
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