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エヴァンゲリオン、ライ麦畑、ポールオースター、村上春樹
こんにちは、サイです。

日本では、シンゴジラ、君の名はなどの映画がヒットしているようですが、このジャンルは、”セカイ系”といわれるジャンルになるようです。

評論家東浩紀の定義によると、
それによればセカイ系とは「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」であり、代表作として新海誠のアニメ『ほしのこえ』などのこと。

こうした「方法的に社会領域を消去した物語」はセカイ系諸作品のひとつの特徴とされ、社会領域に目をつぶって経済や歴史の問題をいっさい描かない点をもってセカイ系の諸作品はしばしば批判も浴びた。つまりこの時期にはセカイ系とは「自意識過剰な主人公が、世界や社会のイメージをもてないまま思弁的かつ直感的に『世界の果て』とつながってしまうような想像力」で成立している作品であるとされている。

これらの「セカイ系」の用法においても、『新世紀エヴァンゲリオン』の強い影響があったとする見方は持続しているが、その一方で「きみとぼく世界」+「世界の危機」という構造はギャルゲー/アダルトゲーム特有の方法として現れたとする見方も提出されている。

やはり、そのさきがけが『新世紀エヴァンゲリオン』から派生しているといわれています。

ということで、シンゴジラ鑑賞前に、新世紀エヴァンゲリヲンを見てみました。監督が庵野秀明ということで、シンゴジラと同じということも深い関係であることがうかがいしれます。

高校時代に将来の進路を決める際、だれもが自分の可能性を信じて、かつ進む方向性を周りの大人から語られる既定路線とは違う方向に行きたいと誰もが感じますが、本当の自分の価値とは何かを知るには、学校という社会から切り離された世界から、知ることはできず、実際に社会に出てから実感として分かってくるというのが、通常の流れといえます。ただ、学校の選択においては、社会を知らないうちに、選択を迫られるため、とても不安に感じるのも事実かと思います。その答えをもとめて、クラブ活動、旅行、読書、漫画、テレビなど自分と同じように悩んでいる人と一緒に答えを探そうとするのが、その年代において行われる”自分探し”で、その結論はそれぞれ違って選択を結果的に選んでいくことになります。

実際にそういったテーマで書かれた本は、多く、村上春樹、ポールオースター、JDサリンジャーなど有名な本が多くあります。

ただ、日本においては、それが本としてよりも、アニメ、漫画で描かれることが一般的で、それが広く受け入れられる特別な社会であるような気がします。

Everette Harp - Better days

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文化 | 14:06:50 | コメント(0)
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