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生産者の論理と消費者の論理
こんにちはサイです。

11月も終わりになります。

気になるニュースがありましたので、記事に残しておきます。

「ファブリーズ対くさや」CM打ち切り 「くさやを愛する方々不快にさせた」と謝罪

企業の広報活動、営業活動には当然それに納得しない人たちがいることは確かです。

ただ、ここで問題にしたいのは、くさや生産者とくさや消費行為によって影響を受ける人たちの利害関係についてです。

くさや生産者にとって、不快に感じるにおいの代表として、くさやが血祭りに上がったのは、ビジネスに多大な影響があるため、喜ばしいことではありません。

実際にくさやを消費する人がくさやを料理した時に、影響をうけるのは、消費者本人だけではなく、その周りに住む人たちもその不快なにおいを強制的に経験させれ、日常生活に支障を与えていることも事実です。

短絡的に、くさや生産者にとって害になることが社会全体にとってがいになるのであれば、くさや消費行為によって不快感を味わう人たちの利害も考慮されるべきだと思います。

においの元として嫌われる似たようなものとして納豆がありますが、納豆が消費者本人以外に与える不快感は、それほど大きいものではなく、このCMに納豆が採用された場合でもそれが問題になることはなかったのではないでしょうか。

また、納豆業者は少なくともにおいに関して、敏感でにおいのない、または少ない納豆を開発するという企業努力をしていることも大きく違います。

くさや業者がにおいに敏感であれば、あればすくなくともにおいを軽減される努力姿勢をアピールする方が先にすべきことだと思います。

少なくとも、私個人では、周りでくさやが料理されることは反対で、やってほしくありません。

曲はBlack Mirror Season3 Episode 4からです。

Robbie Nevil - C'est La Vie
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政治経済 | 10:21:52 | コメント(0)
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