スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
貧乏へのやさしさと包容力がある社会 --その結果、施しを受けるほうがどのようになるか
こんにちは、サイです。

この更新は新記録です。

本日3回目の更新です。

さきほど、ファストフードてにいて、ブログネタが浮かびました。

その光景は.....

あるファストフード店で、少しの時間稼ぎのため、店内でコーヒーを飲んでいました。

そこへ見るからにお金をもってないグループが店内がこんでいる状況で、なんの躊躇もなく、自分たちの席を確保し座りました。

もちろん何も注文もせず、お金を払うこともなく。

この例のように、テーブルがあり、座るいすがある店では、お金を払わない人たちが店を利用しても何の咎めもなく、店員もそれを注意することはありません。

また、別の例をあげます。

バスに乗って移動しているときのことです。

バス停に止まって、乗客の乗車を待っているときに、ピーナッツベンダー、ジュースベンダーが当たり前のように社内に乗り込んできてきます。

そして、当たり前のように社内で販売を始めます。実際販売された場合でもバスへの見返りはまったくありません。

販売者は、路上と同じように乗り込んできて、当たり前のように施設を利用し、その結果売上の実績があっても利用に感謝することもありません。

-----------------------------------------------------

以上2つのような光景があちこちで見ることができます。

メリットをうける人が、営利企業が運営する施設、車両を提供するのは、それに対して、対価を支払う人たちのためであり、
何の対価も払わない人たちのためのものでは本来ありません。

そのように対価を支払わない人たちが何の感謝の気持ちもいだかずに、それを利用できるように開放している”やさしさ”であふれています。

本来ビジネスは何らかの対価を持って、サービスを利用できるわけであって、弱い立場であれば、そういったものが利用できるのが当たり前であり、
それを、そのオーナーが無償提供するのが当然の義務があるという、完全にビジネス感覚からずれた習慣が確立しているのが現実です。

そういったマナーのない利用者は、ますます権利を主張し、自分の立場を理解せずに、普通の価値観からずれた人たちを量産していることになります。

情けは人の為ならずとは、昔の意味では、本当は自分のために許してあげる慣用さが必要だと、歌ったものですが、
今では情けを受ける人のために情けを与えるというような意味ももつようになっており、本来とは違った使い方になっているのも日本でも起こっています。

こういった”やさしさ”は、長くビジネスを続けてために必要なマナーを学習する機会を奪っていて、やさしくすることが長期的にマイナスに作用しているようにしか思えません。


曲は、Brian McKnightで有名なものです。

Brian McKnight - Back At One

スポンサーサイト


政治経済 | 15:24:20 | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。