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集団の中に責任が埋もれ、空気が支配する国 -新国立競技場問題からみえる組織の中の日本人
こんにちは、サイです。

もうすぐハロウィンということで、会社でいろいろな飾り付けをやっているかたも多いと思います。

今月は、インターネット接続の不具合もあり、記事の更新が遅れています。

この記事のいうように、戦前の日本人と戦後の日本人は大きくは変わっていないのではないかと思ってしまいます。

--こうした無限責任の社会では、いったん責任を負わされたときの損害があまりにも大きいので、誰もが責任を避けようとします。その結果、天皇を“空虚な中心”とする、どこにも責任をとる人間のいない無責任社会が生まれ、破滅的な戦争へと突き進んでいったのです。  -日本がなぜ戦争したかは、新国立競技場問題が教えてくれる

個人であれば、合理的に判断できることが集団の中で埋もれてしまうと、単純明快な結論に対しても、明らかに間違った判断をしてしまう例です。


集団思考、幸甚思考について以下の本に詳しい

Predictably Irrational: The Hidden Forces that Shape Our Decisions


日本語訳 予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」


Charlie Wilsonの新譜です。

Charlie Wilson - Just Like Summertime
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文化 | 13:04:37 | コメント(0)
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